活動レポート
町に“人を呼ぶ” 手書き地図のお手本、埼玉にあり! 「ときがわ食品具マップ」
2013年12月24日
まずはこの手書きの地図をじっくり見てほしい。
日ごろ見慣れている“正確な地図”とは明らかに異なっていて、作者の町に対する愛情が独特なタッチで表現されている。お店や見どころに味わい深い一言コメントがびっしり書き込まれていて、とにかく情報量がハンパない。まるで宝探しのように見ていて飽きないし、実際に行ってみたくなる。
ということで、それならみんなでぶらり旅をしよう!ということに。この地図をもとに何度かときがわ町を探索しているぼくが案内役となり、とある平日の朝、ハンドルを握って彼の地へと向かった。
▼なんと年間8万部! 町一番のメディアかも!?
日本三大焼き鳥の町として知られる埼玉県東松山市を西へ抜けると、やがて車窓の景観は木々が織りなす鮮やかな色合いになる。つい最近まで「都幾川村」だったこの町は、2006年におとなりの玉川村と合併して「ときがわ町」になった。町にはときおりその名残を発見することができる。
で、この地図。
なんと年間8万部発行されているらしい。もちろん無料配布。こう言ってはナンだが、いわゆるペラ1のコピーだ。手間暇かけて作られたフリーペーパーや雑誌でも、そこまで発行部数を維持するのは難しいだろう。そんな手書きの地図が、町の主要なお店に必ずと言っていいほど設置されている。町の人も利用する暮らしに欠かせないお店はもちろん、外からの観光客が「ショッピング」に訪れるお店にも置いてある。地図の見出しに「食品具(ショッピング)マップ」とあるのは、そうしたことを意識してのことか、あるいはその逆を意味することなのか。
そんな「ぺら1」を見ながら、研究員たちは作戦会議に余念がない。最終的には、地図上の気になったコメントをひとつずつ拾いながら、その場所まで確かめに行くというスタイルで、ときがわ町を巡ることになった。
▼見どころ満載! 手書き地図を頼りに、ぶらり・ときがわ町の旅
さて、ぶらり旅のスタートである。
まず町の東に位置する「姿のきれいな埼玉最古のアーチ橋」と書かれた場所へ行くことにした。橋の下を流れる一級河川の都幾川(ときがわ)は、なんとも水のきれいな川だ。
地図によれば、この橋の奥にはホタルも出るようだ。春に来た時と比べ、冬を前にした今は水量は少ない。しかし、美しい河原が奥まで続いていて緑が深く、ここを見ただけでもこの土地の自然の豊かさは推して知るべし、である。
「ひと市」の交差点を入るとすぐ、この町一番のお土産屋さんを見つけることができる。地図には「とうふ工房わたなべ 地元大豆で全て手作り。ほんとうにおいしいです」とある。おいしい豆腐に並んで人気の「おからドーナツ」を豆乳といっしょにその場で味わっていると、町の人だろうか、何人もがタンクを手にやってきて水を汲んで帰っていく。
どうやらここには地下水が出ているようで、無料で持ち帰ることができるらしい。町外の人もやってくるようだが、こういう自然資源を近隣の人とも分かち合う懐の深さが、この町に活気をもたらしている理由のひとつなのだろう。ちなみに、このお店で「ときがわ食品具マップ」を発見できた。
お昼を前に、ここから一気に西へ移動。「やすらぎの家 古民家のうどん」で空腹を満たすことにした。
100年以上も前の古民家を移築した、農山村体験交流施設とのことで、地域のおばちゃん方が腕を振るううどんは食べる価値ありの美味さ!もちろんこのお店にも「ときがわ食品具マップ」があり、うどんをすするお客さんのほとんどが手にしていた。
そのまま向かいにある局前販売所に立ち寄ってみる。地図には「焼きたてのみたらしダンゴ」としかコメントがないが、それが余計に味を連想させる。美味かったのはもちろんだが、やはりこのお店にも手書き地図があった。
地図にはない情報だが、ときがわ町は埼玉県一の生産量を誇るときがわ建具が名産。局前販売所の並びにある「建具会館」ではあらゆる家具、加工されたパーツなどが展示販売されており、見ているだけでも面白い。しつこいようだが、このお店にも手書き地図は設置されている。
こんな具合で、気づけば落日の時が近づいていた。ときがわ町の手書き地図の内容の濃さに時間の足りないことを悔やむ一同だが、なるほど、これは「また来よう=次はあそこに行こう」という気分を醸成することに繋がりそうだ。
▼距離感がつかめない! 正確な地図では考えられない、想定外の面白さ
ここまで6ヶ所、距離にしておよそ7km程度の範囲をクルマで動いてきたが、時間にして6時間を費やしている。地図を見た印象からは1~2時間もあれば周れるような感じなのだが、半日かけて地図の限られた範囲しか行けなかったことになる。この計算できない感じが、手書き地図の面白さ。事前に計画をして旅行する感覚でいると大変なことになるだろう。なにせ地図では「すぐ近く」くらいに思っていた場所が、実はクルマで30分も離れていたりするのだから。
おそらく一般的な地図を参考に、町全体を書きとったのに違いない。しかし重ねてなぞっているわけではないので、地形的な「正確性」はない。方角はたぶんちょっとズレているだろうし、土地の高低差や距離感もなかなかつかめない。そして何より、一目見て好き嫌いがはっきり分かれそうな絵や文字の雰囲気。つまり、「汎用的」ではないのである。
こんな手書き地図を作った人は、いったいどんな人なのだろうか?ワクワクしながら「とき川の小物屋さん」へと向かうと、味のある一軒家を改築した店内でお客さんと談笑していたマスターの川崎さんが丁寧に迎えてくれた。
▼今あるもので、何ができるか? ときがわ手書き地図の源流
ぼくは2012年の夏にこの地図と出会い、一目惚れしてしまった。以来、たびたびこの町をプライベートで訪れては、この手書き地図を頼りに町のあちこちをまわっている。作者・川崎さんのもとを初めて訪ねたのは、2013年3月のまだまだ寒い時期だったにも関わらず、名物の水出しコーヒーをアイスで頼んだことを覚えている。12月となり肌寒くなった今回も、もちろんアイス。まるでコーヒーゼリーのような、懐かしい味がお気に入りだ。
作者の川崎さんは、30年前に秩父への旅をきっかけに、ときがわへ“通う”ようになる。当時、峠道でクルマを停めて深く息を吸った時に、その空気の美味しさに気づく一方で、都会に暮らす自分の呼吸の浅さを自覚したという。(本人のご希望で“肖像画”でご登場いただきました・笑)
「観光に来た人がね、みんなショッピングばっかりしているんですよ。もちろん商売だから、それは嬉しくはあります。ただ、ちょっと気づいて欲しいんですよ。ときがわの自然や、町の面白い人たちに」
今ある資源や材料をどのように有効活用すれば、町の魅力を伝えられるか。考えを重ねた結果、手書き地図を10年前から作りはじめたそうだ。当時はB5程度の小さな紙で、情報が増えてくるとA4となり、やがてA3になる。いまでは1年のうちに何度かの更新を重ねるまでになった。その際に意識していることが、「行楽客を裏切らない」ことだそうだ。また来たい!と思ってもらえるように、日頃の振る舞いを正し、一般的なガイドでは知ることができない「生の地元情報」を、自分の言葉で表現する。
「ときがわ町にはクルマやバイクで来る人がほとんどですが、車窓から見える景色はほんの一部なんですね。ちょっとクルマを降りてみて、ゆっくり周囲を見回してみてごらんなさい。深呼吸してみてごらんなさい。目をつぶって耳を傾けてみてごらんなさい。ね?いつもとは違った風景が、ここにはあるでしょう?」
小物屋さんを出たぼくらは、川崎さんが言う「クルマを降りて、ゆっくり周囲を見回してみる」場所に立ち寄って、その境地を味わってみようと試みた。地図によれば、嵐山方面の里山に「一軒の店もない小倉の里 春と秋は特にきれい 手入れの良い集落です」とある。
落日の時を迎え、ひときわ静かに夕陽を受けるこの里山で、ときがわ町ぶらり旅を締めくくった。
取材・文・写真 大内 征(手書き地図推進委員会 研究員)