活動レポート
社員研修としての「手書き地図ワークショップ」が企業にもたらすもの
2014年06月30日
コトブキタウンスケープは、1916年の創業から公園遊具やベンチなど公共空間における「人と街」のあり方を提案してきた企業だ。その事業領域の中でも、観光客の増加にともなって注目されているのが、今回ワークショップをご一緒させてもらった「サイン」事業。日ごろ何気なく目にしている屋外サインだが、初めてその土地を訪れた人にとって、目的地までの道のりを教えてくれる心強い案内役であり、地図と同様に“方角”や“距離感”を適切に表した道標。この領域について、「手書き地図」を通してあらためて考える機会。
歴史ある企業から、このような熱烈なラブコールを受けた手書き地図推進委員会。社員研修の一環として行った「手書き地図ワークショップ」の模様を、ここで少しお伝えしておきたい。
▼自分が働く町、会社、仲間のことを教えてくれる「手書き地図ワークショップ」
今回のワークショップの狙い。それは、自社の事業領域である「サイン」について、たとえば“正確性”や“公共性”といった企業として大切にしているスタンスからはちょっと離れてみることで、この事業の未来を仲間とともに考えてみたい、ということだ。手書き地図を作ること自体は目的ではなく、そのための手段として位置付けている。この取り組みを推進する執行役員の椛田氏はこう続ける。「デスクの上で、サイン事業を発展させるテクノロジーにばかり目を向けるのではなく、時には町に出て、この事業が誰の・何に・どんな風に役に立つのか。そういうことを常に考えなければならないと思っています」
会社の仲間たちと同じ目標をもって町に飛び出す好機と捉えたのが、この手書き地図のワークショップというわけだ。勤務中に社員が“全力で遊ぶ”ワークショップにしたいと椛田氏は笑うが、とはいえ、グループワークによる創意工夫と成果追及が試される、いわば“真剣な遊び”。結果的に、サイン事業に対するヒントとともに、自分が働く町のこと、自分が働く会社のこと、自分と働いている仲間のこと、それぞれについて気づきが得られ、新しい感情が芽生えた二日間になった。仕事中に“真剣に遊ぶ”という行為は、なにかに触発されて動き出させる力を秘めているようだ。
▼身近な環境への興味の持ち方で“クリエイティブ”に
ワークショップでは4人4グループを作り、それぞれの考え方でテーマを設定。その最適な表現方法を考えた上で取材と編集を行い、A3サイズの手書き地図を自由な発想で作ってもらった。
日ごろそれぞれの持ち場でルーティンワークを黙々とこなしている反動からか、もともとのポテンシャルなのか、議論の様子はもちろん作業の瞬間もみな“クリエイティブ”になっている。切り貼りするグループ、クリアファイルを用いるグループ、ひたすら書き込むグループなど、それぞれのプロセスの結晶としてのアウトプットが徐々に輪郭をはっきりさせてくる。進行を務めたぼくらにもその集中度合がビリビリ伝わってくるし、ワクワクさせられた時間だった。
あまりのチームワークの良さに、普段組んでいるメンバーではないというのが信じ難いほどだが、サイン事業のヒントにとどまらず社内のコミュニケーション活性に繋がっていることに、椛田氏も手応えを感じたようだ。
▼勤務時間中に仲間を理解する機会、それが「手書き地図ワークショップ」
手書き地図ワークショップを通して、コトブキタウンスケープの将来を担う参加者たちが肌で感じ取ったこと。そこには事業へのヒントはもちろん、組織で働くことに対する素直な感想、意外な視点、新しい気づきがある。そのいくつかを紹介したい。
2日に渡って8時間を費やした今回のワークショップでは、コトブキタウンスケープの社屋がある浜松町を実際に歩いて取材するという“フィールドワーク”を取り入れた。「普段見落としている目印に気づくトレーニング、サイン事業に組み込む新しい要素を立証する方法、街中で地図を見て佇む外国人の様子や道に迷う人の特徴の調査、地域住民とのコミュニケーション手法として“フィールドワーク”そのものの有効性を感じた」という視点は、今回の手書き地図ワークショップでなければ得られなかった気づきかもしれない。
一方で、短い時間の中で全員が同じ目的に向かってアウトプットを完了するプログラムを、ランダムなグループ構成で臨んだことによって、社内コミュニケーションに対するポジティブな感触があったようだ。「業務では決して組むことのない他部署の人とグループになったことで、仕事仲間としての頼もしさや、豊かな感受性を発見することができ、今後の可能性を感じた」という意見。また、「会社の仲間のことを“一歩踏み込んで”知り得たことに、とてつもない大きな価値を感じた」という意見は、地図のテーマを話し合うにあたり、メンバーの趣味や好きなものといった“属人”の部分が滲み出たことから感じたことだろう。勤務外での付き合いは義務ではないが、社内コミュニケーションの希薄さが指摘される世の中にあって、“勤務時間中に仲間を理解する機会”として、こうしたワークショップは機能するのだ。
そして中でも、「歩いて感じて考えて話し合って強調して協力して作り上げるというプロセスがこんなに楽しいものであったか・・・」という参加者の一言には、今回のワークショップの意義が凝縮されている。すなわち、組織で働く喜び、ものづくりに対する感謝、そして自分という“属人”の出番がこの会社にある、ということが。
混沌とした都市の中に道標を示すのが「サイン」であるならば、停滞するビジネスと滞留する組織の中に新しい発見と活性とを生み出したのが、今回の「手書き地図ワークショップ」なのだろう。(言い過ぎかもしれないが)
さて、せっかくなので、ここで参加者グループの成果を一部お見せしたい。2日間・合計8時間という限られた時間の中で、はじめてのメンバーによるグループによる、テーマ設計・取材・編集・地図作成までのアウトプットだ。
◎浜松町を独りで味わい尽くすことをテーマにした「ひとりぼっちず」は、仕事の合間の息抜きスポットや昼食、そしてまちブラを“独りで”楽しめるコースをガイドしてくれている。いくぶんシュールな印象だが、見る者をくすりと笑わせるセンスが光る。クリアファイルのレイヤーでテーマ別に表現する工夫をしているところもよい。
◎人を通して地図を描く!から出発した「ココロの処方箋マップ」は、サプリメントを模した“効能”別に、浜松町の周辺スポットとそこに織りなす人間模様を紹介している。挿絵とコメントが秀逸。グループメンバーの人柄が垣間見れるところに手書き地図ならではの“属人感”が滲み出ている。大門交差点で飲みたくなる。
◎海外の人たちに向けた地図として、グループメンバーの海外インターン生ウェイさんを主役に描いた地図。来日3日目の目線で感じた“ニッポン・ハママツチョー”の印象(喫煙所が指定されていること、お寺の拝観が無料だということ、路上で立ち食いする光景など、自国では見られない驚きの光景)を地図化し、クリアファイルを用いて他のメンバーから“ニッポンを楽しむメッセージ”を重ねられるレイヤリング構造になっている。テキストを多く使って“想い”を込めたところは、個人に向けた贈り物としての地図の可能性を感じさせてもくれた。
◎東京ベスポジマップfrom浜松町、ということで、浜松町のランドマーク“東京タワー”がよく見えるベストポジションを総力取材してつくられた地図。見え方を度合として表現したアイコンの手仕事感などは、手書き地図ならではの温かさ。道路やコンパスの“歪み”が味わい深い。
参加者の感受性の豊かさと、制作する際の創意工夫の力、そしてプレゼンテーションの表現力。大人が全力で取り組む“遊び”が、心からクリエイティブに感じた瞬間。手書き地図ワークショップが、そういう効果を生み出しながら、企業課題に向き合っていく有効な手法だということを自覚した瞬間でもあった。この貴重な機会を与えてくれたコトブキタウンスケープさんに感謝したい。さて、ぼくらももっと“遊ばなきゃ”ならないなあ。
取材・文・写真 大内 征(手書き地図推進委員会 研究員)