活動レポート
天童の“今と愛”がつまった手書き地図「天童木工のある街」
2013年12月02日
プライウッドと呼ばれる「木を曲げる」技術から生み出されたいくつもの美しい家具が、ショールームを訪れる多くの人々の表情を瞬時に笑顔にしてしまう。そんな、世界中にファンがいることで知られる天童木工のショールームに、なぜか街の情報に溢れた「手書き地図」がある。しかも、これがなかなかの評判らしい。手書き地図推進委員会としてはこれは無視できないとばかりに、冬を目前にした天童を訪れた。
「故郷の再発見」と「外側の視点」を活かした手書き地図づくり
「家具」ではなく「手書き地図」の取材に訪れたぼくらを、満面の笑みで迎え入れてくれたのは、天童木工の結城さんと柴山さん。この企業の次世代を担う若手ホープだ。根っからの“人好き”といった表情で、山形県外から「わざわざ天童に来てくれた」ことを大いに喜んでくれた彼らに、さっそくウワサの手書き地図を見せてもらった。
この「天童木工のある街」という地図は、たとえば駅や観光協会といった場所に置いているものではない。工場やショールームの見学に訪れたお客さまに直接手渡ししているもので、そこはいわゆる公的なガイドブックの類とは一線を画す。
県外からのお客さまが多い中、おすすめの地元ランチについて聞かれることが多く、「それを説明するツールが欲しかった」と話すのは、企画課の係長として毎日お客さまと接している結城さん。天童出身の彼がおすすめしたい地元のお店はガイドブックに載っていないケースが多く、口頭ではなかなかその道順などを説明するのが難しい。そこで思いついたのが「地図」だったという。
「昨年、天童木工福岡支店から15年ぶりに地元に戻ったんですが、地図をつくることで、しばらく天童を離れていたぼくにとっては故郷の再発見になる。そして柴山にとっては、県外からこの会社に来たという外側からの視点が活かせる。どこにも属さない、だれにも媚びない、自分たちだけの目線による面白い地図をつくれるんじゃないかと思ったんです」
当時、この会社のプロダクトデザイナーとして4年目を迎えていた柴山さんは三重県の出身。大学時代は建築を学んでいたこともあり、天童を“まちづくり”や“ものづくり”といった目線で見ている。
「ここやってきて衝撃だったのが、小さな街なのにびっくりするほど美味しい食べ物だとか、印象的なモノがたくさんあったことです。そしてそれらが“一流の職人”の手によるものだと気づいた時、どうにかして情報として取りまとめたいと、ずっと考えていました」
一流のモノづくりの現場に身を置く二人だからこそ、街中に点在するさまざまな分野の“プロ”に目を向けられるのかもしれない。天童木工に勤める彼ららしさ、つまり、天童に対する愛と、モノづくりに対する矜持と情熱そのものが、この地図の中に息づいている。
地図プラスアルファのコミュニケーションが、街そのものを面白くする
では、実際に地図を作ること上で、なにを大切にしているのだろう。
「わざわざ訪問してくれた人に、天童木工を媒介としたなんらかの共通点を感じるんで すよね」という結城さんは、“一生活者としての視点”を大切にしたいという。そして、 たとえ短い時間でも特別なひとときを、ここ天童で過ごして欲しいという願いが、とっ ておきの情報は“地図に載せない”ということに繋がっていく。柴山さんが説明を続け る。 「実は、よく行くお店でもあえてここに載せていないお店があって。直接地図を手渡す 際にそっと教えちゃったりするんですよね(笑)」
なるほど、地図をつくりながらも、あえて載せない情報もつくる。そしてそれを、口頭でそっと教えるホスピタリティ。確かにこれだけで、なんとも特別感のあるコミュニケーションになる。教えてもらった人としては、ささやかな嬉しさがあるだろう。
「はい。そのおかげで、滞在中に行きたいところが増えてしまったと、喜んでくれる方が多いんです」
結果として、何度かこの地に足を運ぶ人が増えつつある。リピーターを生み出す魔法の地図とでも言おうか。天童木工の利益うんぬんではなく、天童そのものへの貢献。「街そのものが先生ですから」という二人の顔に、天童に対する誇りとともに彼ら一流の遊び心を感じた。
“誰かのために”ではなく“自分自身が楽しむ”こと
ところで、地図をつくっている彼ら自身について、少し探ってみたい。
自身を“路地好き”だと評する結城さんは、狭く暗い道の奥に何があるのか、とても気になるという。
「旅に行くと、その土地の路地裏とかに吸い込まれて行っちゃうんですよね。そしてそこで地元の人に道を聞いてみたり。そうやって旅先ならではのコミュニケーションを楽しむようなところがあります。誰かと話したくて、わざと迷ってみたりすることもしばしば(笑)」
植村直己さんの大ファンだというのは柴山さん。なにもない真っ白な雪原を切り拓くその姿に憧れるそうだ。子どもの頃から好奇心の塊で、「気になる場所があれば遠くてもすぐに行ってみて確かめたくなる」らしい。日本各地の陶器の窯元を訪ねるなど、“地域性”といった面にもその好奇心が及んでいる。
そんな二人に共通しているのは、「自然」や「地方」に対する敬意、そしてその「自然」や「地方」において“自分自身が楽しむ”というマインド。それが、手書き地図づくりに表れているように感じる。
「この地図は、“誰かのために”ではなく“自分自身が楽しむ”という姿勢で作っています。だから、地図を作っているぼくら自身が、行く先々でコミュニケーションを楽しむとか、メインストリートをはずれた路地裏を探検することを楽しみ、地図に表現する。その結果として、その地図を面白がってもらえているというのが、いまの状況です」
次なる展望は「ブックカバー」!?
一方では地図に関して「まだまだ未完成です」といって謙遜する彼らだが、すでに何度かバージョンアップを重ねており、地図そのものは今後どんどん洗練されていくだろう。その上で、あくまで構想ですがと、将来の展望を語ってくれた。
「ひとつは、天童木工の椅子に座れるお店や公共施設を地図として取りまとめたいなと思っています。実物に触れてみたくても、ショールームまで来れない方がたくさんいます。そんな方に、ご近所で実際に体験してもらえる場所をお知らせすることができれば」
柴山さんがイメージしているのは“天童の街全体がショールーム”ということ。言うなれば「マチナカ・ショールームMAP」のようなものが、いずれ登場するのかもしれない。
それと、と言って結城さんが見せてくれたのは、手書き地図で作ったブックカバー。どこかで見た覚えがある気がするが、実際、こんなブックカバーは意外と見かけない。ショールームには県外のお客さまがほとんどで、地元の人の手にこの地図が届くことはあまりないらしく、その課題を解決するアイデアが、まさにこのブックカバーなのだ。
「地元の人からもこの地図のことを聞かれることが増えてきていて、ショールーム以外で手渡しできないかと知恵をしぼっていたところなんですが、この方法なら無意識に街の人が地図を手にできると考えたんです」
自然な流れでできた地図なので、自然な流れで手にして欲しいという、自然な思考。近い将来、この地図にカバーされた本を読んでいる人を、街中で見かける日が来るのかもしれない。
夜の帳が下りるころ、取材を終えたぼくらは、地図に載っている地元の飲み屋の暖簾をくぐった。入口の狭いその店には、奥まったところに広めの座敷がある。入ってすぐのカウンター脇を通り越えて座敷へ行こうと視線を落とすと、そこにはあの地図を広げたサラリーマンがいるではないか。一見して県外からの出張とわかるその二人組、ああでもないこうでもないと「作戦会議」に勤しんでいるようだ。
その様子を見て、なんだか嬉しくなった。明日はこの地図を片手に、彼らも天童の街中をブラブラするのだろう。そんなことを想像しながら座敷に上がり、名酒「出羽桜」をチビリとやりながら、ぼくらも「作戦会議」をはじめた。
取材・文・写真 大内 征(手書き地図推進委員会 研究員)